- 10月 4, 2026
インフルエンザワクチンは感染と重症化をどこまで防ぐ?
CKDや生活習慣病のある方、ご高齢の方、お子さまへ
「予防接種を受けてもインフルエンザにかかるなら、接種する意味はあるのでしょうか」
外来では、このようなご質問をいただきます。
インフルエンザワクチンは、感染や発症を完全に防ぐものではありません。それでも、インフルエンザによる発症・受診・入院のリスクを減らすために役立つ予防策です。
特に、慢性腎臓病(CKD)、糖尿病、心臓病、慢性の呼吸器疾患などのある方や、ご高齢の方は、感染をきっかけに持病の状態が悪化することがあります。
この記事では、注射のインフルエンザHAワクチンの効果と、経鼻ワクチン「フルミスト」の特徴を説明します。
1.HAワクチンはどのように働くのでしょうか?
HAとは「ヘマグルチニン」の略で、インフルエンザウイルスの表面にあるたんぱく質です。ウイルスが人の細胞に感染する際に重要な役割を担います。
注射のインフルエンザHAワクチンは、このHAなどの抗原に対する免疫をあらかじめ準備し、実際のウイルスが侵入したときに体が対応しやすくするものです。
不活化ワクチンのため、ワクチンに含まれるウイルスが体内で増殖してインフルエンザを起こすことはありません。
ただし、接種直後から十分な効果が得られるわけではありません。免疫が形成されるまでには、一般に約2週間かかります。接種の直前や直後に感染した場合には、発症することがあります。
2.「感染」「発症」「重症化」の予防は違います
ワクチンの効果を理解するうえで、次の違いが大切です。
| 予防するもの | 意味 |
|---|---|
| 感染 | ウイルスが体に入り、増殖すること |
| 発症 | 発熱、咳、倦怠感などの症状が現れること |
| 重症化 | 肺炎、呼吸不全などを起こし、入院や集中治療が必要になること |
多くの研究は、症状のない感染を含む「すべての感染」ではなく、検査で確認されたインフルエンザによる受診や入院を評価しています。そのため、「ワクチンの有効率が50%」という情報を見た場合も、何を50%減らしたのかを確認する必要があります。
例えば、ある条件で未接種の方の発症リスクが10%、接種した方では5%だった場合、相対的な発症リスクの減少は50%です。「接種した人の半分にしか効かない」という意味ではありません。
また、効果は流行するウイルス、ワクチンとの適合、年齢、基礎疾患、接種からの経過時間によって変わります。海外の研究結果を、そのまま日本の今年の予防効果として当てはめることはできません。
3.接種してもかかることはありますが、入院予防も重要です
米国の複数の調査では、子どもと成人の双方で、ワクチン接種がインフルエンザによる受診や入院を減らしたと報告されています[15~18]。
一方、「入院予防効果」と「感染した人だけを比較した重症化予防効果」は、厳密には同じ指標ではありません。入院が減る理由には、発症自体が減ることと、発症後の重症化が減ることの両方が含まれます。
したがって、接種後に発症したという経験だけで、ワクチンに意味がなかったと判断することはできません。
4.CKDのある方に接種を勧める理由
感染が腎臓に与える負担
CKDのある方では、インフルエンザによる発熱や食欲低下が、腎臓への負担になることがあります。
発熱や発汗、嘔吐、下痢、水分摂取の低下が重なると、脱水によって腎臓への血流が減り、急性腎障害を起こすことがあります。重症感染では、炎症や循環不全も腎機能悪化の原因になります。
糖尿病や心不全を合併している方は、血糖や体液量の調整も難しくなります。
なお、CKDや心不全のある方に「水分を大量に飲んでください」と一律に勧めることは適切ではありません。普段の水分制限や病状を踏まえ、発熱時の対応を主治医と確認しておきましょう。
免疫反応が弱くなる場合もあります
腎機能の低下、特に末期腎不全では、免疫の働きが変化し、接種後の抗体反応や免疫記憶が十分でない場合があります[5~11]。
ただし、**免疫反応が弱くなる可能性があることは、接種する意味がないことを示しません。**透析患者さんでも、接種後に免疫反応が得られることは確認されています。
CKDの状態はさまざまです。透析患者さんや腎移植後の研究結果を、軽度のCKDの方にそのまま当てはめることもできません。
CKDにおける効果の数字は慎重に読む必要があります
透析患者さんの観察研究では、接種と肺炎・インフルエンザによる入院や死亡の減少との関連が報告されています[2]。高齢のCKD患者さんでは、心不全による入院との関連を検討した研究もあります[3]。
一方、接種する方と接種しない方では、健康状態や受診行動なども異なります。こうした違いが結果に影響するため、観察研究だけで効果の大きさを確定することはできません。系統的レビューも、この限界を指摘しています[1]。
HAワクチンは腎機能を直接改善する治療ではありませんが、感染による負担を減らすために重要な予防策です。
5.糖尿病・心臓病・呼吸器疾患との関係
糖尿病
感染時には、ストレスホルモンなどの影響で血糖が上がりやすくなります。一方、食事が取れない状態で通常どおり薬を使用すると、低血糖などを起こす場合もあります。
予防接種に加えて、「発熱して食事が取れないときの薬の扱い」を確認しておくことが大切です。薬を自己判断で一律に中止したり、通常どおり続けたりせず、個別の指示を受けてください。
心臓病・心不全
発熱による心拍数の増加、低酸素、炎症などは、心臓への負担になります。
心筋梗塞後などの患者さんを対象とした無作為化試験では、接種群で死亡や心筋梗塞などを合わせた転帰が少なくなりました[12]。臨床試験を統合した解析でも、心血管イベントの減少が示されています[13、14]。
ただし、これらの効果を、すべての高血圧症や脂質異常症の患者さんに同じ大きさで期待できるわけではありません。
喘息・慢性の呼吸器疾患
インフルエンザが喘息や慢性の呼吸器疾患の悪化につながることがあります。接種を検討するとともに、普段の吸入薬などの治療を継続しましょう。
なお、後述するフルミストでは、重度の喘息や喘鳴がある方に特別な注意が必要です。
6.経鼻ワクチン「フルミスト」とは?
フルミストは、鼻の中に噴霧する弱毒生インフルエンザワクチンです。
注射のHAワクチンと異なり、病原性を弱めた生きたウイルスを使用します。鼻やのどの粘膜での免疫に加え、血液中の抗体や細胞性免疫を誘導する仕組みです。
日本での適応年齢と接種方法
日本での対象は、2歳以上19歳未満、つまり2~18歳です。
左右の鼻腔に0.1mLずつ、合計0.2mLを噴霧し、国内の承認用法では1シーズンに1回接種します。2歳未満、19歳以上、ご高齢の方は国内の適応対象ではありません。
フルミストのメリット
① 注射針を使いません
注射の痛みがないため、針を強く怖がるお子さまにとって選択肢になります。ただし、鼻への噴霧に違和感を覚えることはあります。
② 国内の用法では1回で接種が完了します
13歳未満では原則2回となる注射のHAワクチンと比べて、来院回数を減らせる場合があります。
③ 鼻の粘膜の免疫も誘導します
ウイルスの侵入部位である気道の粘膜に免疫を誘導することが特徴です。ただし、この仕組みだけで「注射より必ずよく効く」とは判断できません。効果は年齢やシーズンなどで変わり、完全な感染予防を保証するものでもありません。
フルミストのデメリット・注意点
① 生ワクチンなので、使用できない方がいます
明らかな免疫機能の異常がある方、免疫抑制をきたす治療を受けている方、妊娠していることが明らかな方には接種できません。
② 鼻水・鼻づまりなどの副反応があります
鼻水、鼻づまり、咳、のどの痛み、頭痛、発熱などが起こることがあります。「注射がないから副反応もない」というわけではありません。まれに重いアレルギー反応が起こる可能性もあります。
③ 喘息やCKDでは慎重な判断が必要です
重度の喘息や喘鳴がある方、腎臓病などの基礎疾患がある方は、国内添付文書で接種要注意者に位置づけられています。持病の状態や治療薬を確認して選びます。
④ 周囲の重度の免疫不全者への配慮が必要です
ワクチンウイルスが他の人に伝わる可能性があるため、接種後1~2週間は、重度の免疫不全者との密接な接触を可能な限り避けるよう案内されています。家族が通常のCKDであるというだけで、これに該当するわけではありません。
⑤ 使用中の薬を確認する必要があります
抗インフルエンザ薬はワクチンウイルスの増殖を抑え、効果を弱める可能性があります。アスピリンなど、一部の薬にも注意が必要です。予防投与を含め、薬の使用歴を接種前にお伝えください。
⑥ 接種後の検査結果に影響する場合があります
一定期間は、ワクチン由来のウイルスによってインフルエンザ迅速検査が陽性になる可能性があります。接種後に発熱して受診する際は、フルミストを接種した日をお伝えください。
7.HAワクチンとフルミストは、どちらを選ぶ?
| 比較項目 | 注射のHAワクチン | フルミスト |
|---|---|---|
| ワクチンの種類 | 不活化ワクチン | 弱毒生ワクチン |
| 接種方法 | 皮下注射 | 鼻への噴霧 |
| 日本での対象年齢 | 通常、生後6か月以上 | 2歳以上19歳未満 |
| 接種回数 | 13歳未満は原則2回、13歳以上は通常1回 | 国内用法では1回 |
| 主な副反応 | 接種部位の痛み・腫れなど | 鼻水・鼻づまりなど |
| 免疫抑制治療中 | 病状や時期を確認して検討 | 接種できない |
| 高齢者の接種 | 対象となる | 国内適応外 |
健康な2~18歳のお子さまで、注射への恐怖が強い場合には、フルミストが選択肢になります。
一方、**CKD、腎移植後、免疫抑制治療中、重い喘息などでは、病状と治療内容を優先して選ぶことが大切です。**CKDがあるだけでフルミストが一律に禁忌となるわけではありませんが、特に免疫抑制治療中の方では、注射の不活化ワクチンを検討します。
8.2026年秋からの予防接種について
当院では、任意接種のインフルエンザHAワクチンを2026年9月11日午後から開始しています。
また、世田谷区の高齢者インフルエンザ予防接種と子どもインフルエンザ予防接種の助成は、当初の予定から前倒しされ、2026年9月16日から開始されています。
高齢者の方は、世田谷区から届く予診票をご持参ください。子どもの助成を利用する場合は、院内で所定の書式への記入が必要です。
※当院のフルミスト予約について
当院では、2026年10月5日(月)から、経鼻インフルエンザワクチン「フルミスト」の電話予約受付を開始します。
**予約は電話のみで、WEB予約では受け付けていません。**診療時間内にお電話いただき、自動音声案内から「院内受付にご相談の方」を選択してください。
フルミストは、日本では2歳以上19歳未満が対象です。鼻の中に噴霧するため注射針を使わず、国内の承認用法では1シーズンに1回接種します。ただし、持病や使用中の薬によって接種できない場合があるため、予約時・接種前に確認します。
**入荷数が少ないため、確保分の予約が埋まり次第、受付を終了します。**ご希望の方は、お早めにご相談ください。
9.接種を考えている患者さまへのアドバイス
ご高齢の方
年齢とともに免疫反応が弱くなることはありますが、重症化リスクも高くなります。「高齢だから効果がない」と考えず、持病や体調を踏まえて接種をご検討ください。
CKDや生活習慣病のある方
普段の診療で、接種時期と、発熱時の薬・水分摂取について相談しておきましょう。接種後でも、息苦しさ、強い倦怠感、尿量の減少、水分が取れない状態がある場合には、早めにご相談ください。
お子さまと保護者の方
注射のHAワクチンでは、13歳未満は原則2回接種するため、2回目まで含めて予定を立てましょう。フルミストでは、本人の持病や薬だけでなく、同居家族に重度の免疫不全の方がいないかも確認します。
受験や学校行事がある場合には、その直前に慌てて接種するのではなく、免疫が形成される時間と副反応の可能性を考えて、余裕を持って日程を組んでください。
院長からのメッセージ
インフルエンザワクチンは、感染を完全に防ぐものではありません。それでも、発症や入院のリスクを減らすために役立ちます。
CKDなどの持病のある方は、感染による発熱や食欲低下が、普段の治療に与える影響も考える必要があります。ご高齢の方、お子さまも、それぞれの健康状態に合ったワクチンを選びましょう。
予防接種に加えて、手洗い、換気、症状があるときのマスク着用などを続け、体調の変化がある場合には早めにご相談ください。
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